「ありきたり」が・・・っ!?

出演番組やイベント等のお知らせ

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今日からしばらくの間、

私が出演するCMが流れます。

お恥ずかしい限りです。

8月に放送したCMの第2弾です。

(シリーズとしては第9弾)。

 

CMの趣旨等に関する詳細は

篠田アナのページを

ご覧頂きたいと思いますが、

前回の私の出演時間は

15秒のうち2秒くらいだったのに

今回は30秒のうち20秒くらい。

台詞もけっこう多いです・・・。

 

先日、夕方の生放送が終わった後、

学南町の本社に移動して

4階の役員室で収録しました。

役員室への入室など、

入社時の役員面接を含め

18年間で5回目くらいです。

 

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前回は「堤真一さんのイメージで」。

今回は「堺雅人さんのイメージで」。

そんなに簡単にできるか!

 

が、何とか要求に答えたいと思い、

日曜夜の時代劇を見て役作りをしたら

やや戦国武将のような演技に

なってしまいました。

 

 

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監督がものすごい凝り性な

(作品への情熱にあふれている)ので

同じ場面を少しずつ角度を変えながら

何度も何度も何度も何度も何度も

撮り直します。

なかなかOKをくれません。

とにかく時間がかかりました。

 

 

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このCMの中で

「ありきたりがどうしたっ!?」と

机を叩いて激高する場面があります。

「ありきたり」などという単語は

人生でそう何度も使わないと

思いますが、この日だけで

これまでの人生で私が発した

「ありきたり」を軽く超えました。

この台詞は練習も含め

100回は口にしましたから。

 

最後のカットを撮り終えた時には

日付けが変わっていました。

 

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このCMはイオンモール岡山館内の

デジタルサイネージでも不定期に

上映されています。

また、これまでに放送した

「OH!マイ瀬戸内」プロジェクトの

CMが閲覧できる特設サイトも

きょう立ち上がりました。

どうぞご覧下さい。

 

http://ohmysetouchi.jp/archives/

 

 

 

おいしすぎて・・・⑤

日常の出来事

 

「ナニ狙いですか・・・?」

 

背後からの声に振り向くと

見るからに「ベテラン釣り師」の

オーラを放ちまくる年配の男性が。

日曜早朝の『釣りごろつられごろ』を

絶対に欠かさずチェックしているはず。

 

私は自分の貧相な改造竿と

「2時間で2匹」の釣果と

何よりその「狙い」に気後れしつつ

「ママカリです・・」と答えます。

 

「あぁ、  ママカリですか 。。

 釣れます ?」

 

男性の表情に一瞬、

嘲笑を感じ取ってしまったのは

私の被害妄想でしょうか。

 

 

ママカリの評価は一般的に

さほど高くありません。

「雑魚」とか「外道」として

捨てられることも多い小魚で、

「ネコも食わん」と散々な扱いです。

本格的に釣りをする人からすると。

 

「でも実際に美味しいんじゃし、

素人でも簡単にいっぱい釣れて

楽しめるんじゃからええが!」と

私は必死に抗います。 心の中で。

 

しかし、報道カメラマンと

ベテラン釣り師にのみ着用が

認められている例のカーキの、

小さなポケットがたくさんある

ベストを着たその男性には、

弁解気味の常套句

繰り出すしかありません。

 

「いやぁ、今日はダメですねぇ。

 素人の釣りですし、

 まだ着いたばかりですし・・・」

 

数か月も海に出るマグロの遠洋漁業と

比べりゃ2時間なぞ「着いたばかり」。

それで9匹(うち7匹はもらいもの)

だから、一応謙遜しているわけです。

 

男性は特にリアクションもなく

私の10メートルほど隣で

本格的な釣りの準備を始め、

ものすごくきれいなフォームで

ヒューッッ! っと音を立て、

針を遠くに飛ばします。

『釣りごろつられごろ』の

BGMが聞こえてきそう。

 

 

タイムリミットが迫ってきたので

帰ることにしました。

さらに1匹釣れたので、結局、

釣具屋のおばちゃんの宣告通り

「2時間半で3匹」となりました。

すごい・・・・。的中・・・。

デスノートみたいな帳面に

「3匹」って書いていたのか?

 

見知らぬおじさんからもらった

7匹と合わせて10匹になりました。

家族にはウソさえ付けば

体裁を取り繕うことができます。

釣り道具を車に積み込み、

帰りかけた私はある衝撃の光景を

目にしてしまったのです!

 

その光景とは・・・!?

 

         長いけど、つづく。

 

おいしすぎて・・・④

日常の出来事

 

いつも釣り人が並ぶ荷揚げ場は

ガランとして誰もいません。

「きょうは釣れんわ。」

釣具屋のおばちゃんの幻聴が

こだまします。

 

気を取り直して

「自分がママカリならどの辺りが

 居心地が良さそうか?」を

考慮に入れてスポットを決定。

1週間前に改造した2本の竿を

取り出しました。

「改造」といっても

アルミ缶を魚の形に切って

穴を開けて糸を通し、

3枚ほどを釣り糸に結んだもの。

リールもルアーも浮きもなく、

1本にいたっては竿の先端が

折れてしまっているので、

折れた部分にグルグル巻きにした

針金に糸を結んでいる始末・・・。

 

 

1匹目が釣れたのは、開始から

1時間も経ってからでした。

 

 

 

2匹目は2時間後でした。

 

 

1時間に1匹。

 

電車やバスのダイヤなら不便です。

 

 

「きょうは釣れんわ。」

釣具屋のおばちゃんの幻影が

海上に浮かびます。 蜃気楼か。

おばちゃんの釣果予想、

「2時間半で3匹」が

にわかに現実味を帯びてきた

まさにその時でした。

           つづく。

 

 

おいしすぎて・・・③

日常の出来事

 

ママカリ釣りを1週間

待ち焦がれた私を打ちのめす

釣具屋のおばちゃんの

「きょうは釣れんわ」宣告・・・。

 

この地で半世紀に渡って

釣具屋を守り、潮目を読み、

大勢の釣り人から収集した情報を

地元新聞の「釣り情報」にも

提供しているおばちゃんなので

その宣告(予想?予言?)も

断定的で疑いの余地を挟ませません。

木村太郎さんの「トランプ氏勝利」

予想とは歴が違います。

 

 

訪れたのがちょうど

満潮時だったのでした。

そもそも「満潮のピークは

あまり釣れない」のです。

そういえばその大原則を30年前に

教えてくれたのもこのおばちゃん。

 

たまたま店内にはバケツを持った

初老の男性客がいました。

この店の常連さんらしいです。

 

「この人もなぁ、

 きょうは釣れんかったんで。

 1時間で7匹じゃて。

 今、持ってきてくれたんじゃけど

 あんたにあげらぁ。

 持って帰られぇ。

 イキがええしきれいなわ。

 先週10匹じゃったんじゃろ。

 あと3匹釣れたら先週と同じじゃが。

 ハハハハハ!(ほぼ原文通り)」

 

おばちゃんが予想する私の釣果は

「2時間半で3匹」 のようです。

 

すっかり意気消沈しながら

100円の撒き餌と140円の針・糸、

そして見知らぬおじさんが釣った

ママカリ7匹を積んで港へ。

 

 

おいしすぎて・・・②

日常の出来事

 

ママカリが10匹しか釣れなかった

翌日、自分なりに2本の竿の

仕掛けを改良しました。

アルミ缶を切って、キラキラする

集魚版(魚の形をした金属の板)を

手作り。仲間と勘違いさせて

おびき寄せる作戦です。

「絶対釣れる!本当に隣の家に

ご飯を借りに行かざるを得ない程、

大量のおかずになるママカリを!」

 

子供のようにワクワクしながら

1週間を過ごしました。

そしてついに迎えた休日、

2時間半だけ釣りに行ける

時間が出来たので、新岡山港へ!

途中、撒き餌を購入するため

子供の頃から行きつけの

釣具屋に寄ったら、

店の奥から出てきたおばちゃんが

開口一番、

 

 

「きょうは釣れんわ」。

 

おいしすぎて・・・

日常の出来事

 

先日、小4次男を連れて

新岡山港に釣りに行きました。

 

ここでのターゲットといえば

子供の頃から「ハゼ」でしたが、

九州大分の港町で新鮮なアジや

マグロ、ブリ等を食べて育った

妻にとって、ハゼなぞは

「小さくて調理するのが面倒だ。

 そもそもハゼって魚類か?

 見た目が気持ち悪すぎる。」 と

散々な悪者扱いです。

ハゼに失礼です。

 

しかしながら機嫌を損ねると

調理してもらえなくなるため、

去年あたりからママカリ釣りに

変更しました。

 

「ママカリ」はどうやら

岡山独特の呼び名で、

標準和名は「サッパ」。

ニシン科の小魚です。

なぜ「ママカリ」と呼ぶのかは

ネット等で調べてみて下さい。

「サビキ」と呼ばれる仕掛けで

簡単に釣れます。

 

一度に100匹釣る猛者もいる中、

初心者の私と息子の釣果は

約3時間で10匹でした・・・。

 

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持ち帰ったママカリは

うろこと内臓を取り除き、

さっとフライパンで熱して

(小麦粉をまぶして油で

揚げることもあります)

みりんや醤油、酒と砂糖を混ぜた

酢にタマネギと浸け込みます。

これが最高のおつまみ!

 

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ビールにも日本酒にも合いますし、

熱々の白ご飯は何杯でも進みます。

ご飯が足りなくなったので、

隣のお宅にご飯を借りに行こうと

思ったくらい。 行きませんけど。

 

でも、10匹だとすぐに無くなります。

「次は絶対20匹は釣るぞ!」と

心に誓ったのでした。

 

 

 

「社会の役に立ちたい」と思っても。

出演番組やイベント等のお知らせ

 

道端に捨てられたゴミ・・・。

なぜ平気で捨てることが

出来るのでしょうか?

 

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心ない輩が捨てたゴミを

ボランティアで拾っている

人達がいます。

 

備前市の主婦は闘病生活の中で

友人たちに励まされ、

勇気付けられたのを機に

「社会に恩返しがしたい」と

1人でゴミ拾いを始めました。

10年経った今、仲間は40人に

増えています。

 

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岡山市の男子高校生は、

困難な手術に積極的に挑み

患者の命を救っている医師の話に

感銘を受け、「高校生でも

社会の役に立つことを」と思い、

同級生とゴミ拾いを始めました。

 

同級生と5人で始めた活動ですが、

現在は中学生を含む15人に

増えています。

 

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2人が代表を務めるグループが

利用しているのが

「ボランティア・ロード制度」です。

 

国道を清掃する際、

管理する国からは清掃用具の支給など、

地元自治体からは収集したゴミの

回収などの支援を受けられると

いうものです。

 

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「国が税金で清掃すべき」とか

「ゴミを捨てさせない教育を」という

意見はその通りだと思いますが、

その上でなお、ボランティアの皆さんが

少しでも活動しやすい体制を

整えることは重要だと思います。

 

「社会の役に立ちたい」と思っても

なかなか行動には移せませんよね。

せめて、行動に移している人を

応援できる環境になれば良いと

思います。

 

2人の活動と

ボランティア・ロード制度については

きょう夕方の『みんなのニュース』で

お伝えします。

午後6時20分過ぎくらいです。

どうぞご覧下さい。

 

2016年夏休み ⑱山口旅行その17

非日常の出来事

 

萩の城下町には

往時の面影が色濃く残り

風情が感じられます。

 

初夏の頃には白壁の向こうから

夏みかんが顔を覗かせ、

城下町の風物詩になります。

 

 

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この城下町の「菊屋横丁」というエリアで

1839年8月、高杉晋作は生まれました。

生家は中に入ることはできませんが、

庭先から見学することができます。

 

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産湯に使われた井戸もありました。

 

この菊屋横丁の極めて狭いエリアに

木戸孝允(桂小五郎)や

昭和初期に首相になった

田中義一の生家があります。

また、菊屋横丁ではありませんが、

久坂玄瑞や山県有朋、桂太郎の生家も

比較的近くにあります。

 

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薩摩でも、西郷隆盛や大久保利通、

大山巌、東郷平八郎といった

偉人達を輩出したのは、

「加治屋町」という

町内会程度のエリアでした

 

明治維新を成し遂げた中心人物達が

きわめて狭い範囲で

生まれ育っていたことに

深い感慨を覚えます。

その環境の分析が現代の教育の

ヒントになりそうな・・・。

 

深い感慨を覚えていたら

雨が急に強くなりました。

滑りそうになりながら

小走りで駐車場に向かう途中に

「高杉晋作立志像」があり、

若かりし頃の晋作が

スケールの小さい41歳の濡れた

おじさんをおもしろそうに

見下ろしていました。

 

「おもしろきこともなき世を

 おもしろく」

 

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今回は司馬遼太郎さんの

『世に棲む日日』の舞台を巡る

山口の旅でした。

本を読んで関連の地を巡り、

妄想に耽る一人旅もいいものです。

 

来年はどこに行こうかなぁ。

 

2016年夏休み ⑰山口旅行その16

非日常の出来事

 

日本海に面した萩市の松陰神社は、

維新の志士達のオピニオンリーダー、

吉田松陰を祀る神社です。

 

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高杉晋作や久坂玄瑞、

山県有朋や伊藤博文といった

維新の志士達を輩出した松下村塾は

とても小さな「小屋」でした。

 

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この小さな部屋で血気盛んな若者達が

それほど歳の離れていない松陰先生の

講義に耳を傾けていたのでしょう。

「教え子」だった若者達の写真(歳を

とってからの)が掲げられています。

 

松陰先生の熱いけど静かな声と

侃々諤々(かんかんがくがく)

議論する若者達の長州弁の大声が

聞こえてきそう。

 

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松陰が安政の大獄で処刑されたのは

29歳の時。

晋作が病死したのは27歳。

 

歴史に「たら・れば」は禁物ですが、

もし彼らがもう少し長生きしていれば、

と、ついつい想像してしまう2人です。

 

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ちなみに、同じ敷地にある

吉田松陰歴史館では

彼の人生を彼自身や関係者の

70余体の等身大蝋人形で再現。

リアル過ぎて怖い蝋人形の数々を

ぜひお一人で鑑賞して頂きたいです。

 

 

2016年夏休み ⑯山口旅行その15

非日常の出来事

 

下関市長府にある功山寺は

司馬遼太郎さんの『世に棲む日日』の

クライマックスとも言えるシーンの

舞台となった場所です。

それは、イコール高杉晋作の人生の

クライマックスとなった舞台です。

晋作25歳。

弊社(OHK)でいえば

入社3年そこそこの「ペーペー」です。

 

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幕府軍による第1次長州征伐が迫る中、

晋作は藩内の保守派から藩の実権を

奪うためにこの寺で挙兵しました。

雪が積もったこの石段を真夜中に

馬で駆け降りていく姿は、

152年後のその場に立って想像すると

背筋がシビれてきます。

その姿は銅像になっています。

 

 

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子分格だった伊藤博文をして

「動けば雷電の如く

 発すれば風雨の如し」と絶賛せしめ、

 

「三千世界の鴉(からす)を殺し、

 主と朝寝がしてみたい」などと

艶っぽい都々逸を作り、

刺客からの逃避行は愛人とともに。

 

辞世の句は

「おもしろきこともなき世を

 おもしろく」・・・・

 

素晴らしく仕事が出来て、

常にポジティブシンキングで、

女性からも男性からもモテまくって、

その太く短い人生は

まるで維新の夜空に咲いた

大輪の打ち上げ花火のようです。

 

 

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「細く長く」生きつつある私には

うらやましくて、この銅像が眩し過ぎます。