取材の過程で新史料が発見されれば

ベストですが、その可能性は

あまり大きくないため、

せめて測量協力者のご子孫に

データベースの中に活字として掲載された

ご先祖様の名前を確認してもらうことを

目的としました。

 

 祖先が伊能忠敬の日本地図作成という

偉業にゆかりがあったことを知るだけでも

「へぇ〜。」だと思いますし、

その地域の視聴者にとっても

「ほぉ~。」だと思います。

 

 

 データベースに記された地名と氏名、屋号、

および前述の名家の家系図が掲載されている

歴史愛好家のウェブサイトや電話帳を頼りに

協力者の子孫と思われる家を探し歩きました。

 県内各市町村の教育委員会や歴史研究者、

愛好家の皆さんを始め、面談や電話での照会に

大変多くの方のご協力を頂きました。

順不同でざっと列記しますと・・・、

 

岡山市立西大寺公民館職員の方
西大寺の歴史愛好グループの方、
矢掛町教育委員会の方、
岡山市立足守公民館の方、
足守の歴史愛好家の方、
岡山県立博物館の内池英樹さん、
津山郷土博物館の梶村明慶さん、
玉野市教育委員会の方、
玉野市山田市民センターの方、
玉野の歴史愛好家の方、
瀬戸内市教育委員会の方、
備前市歴史民俗資料館の方、
倉敷市教育委員会の方、
新見市教育委員会の方、
岡山市東区藤井地区の住民の方、
岡山市東区九蟠地区の住民の方、
岡山市立山南公民館の方、
岡山市東区水門町の住民の方、
西大寺文化資料館前館長の中村さん
・・・・・・・。

 

 なかでも岡山県立博物館学芸員の

内池英樹さんからは、ローカルテレビ局が

地元の歴史を取り上げることの

意義深さについてご教示頂くとともに、

大変温かい励ましの言葉を頂きました。

ありがとうございました!

 ちなみに「住民の方」と表記したのは、

「すみません、この辺りに●●さんという

 お宅はありますか?」と通りすがりに

尋ねた数人を含みます。

 

 3月の空いた時間はほぼこの作業に没頭し、

幾人かのご子孫に辿り着くことも出来ました。

(後述)

 

そんな中、思わぬチャンスが訪れました。

 

最近めったになかった「東京出張」です!

 

 

続く。

 

 

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