文化2年11月15日(1806年1月4日)、

伊能忠敬が宿泊した備前国一番村

(現在の岡山市中区江並)の

「安太夫」は苗字が記されていないため、

どこの家かを調べるのは困難です。

 

 ただ、きちんと苗字や屋号が

記されている家もありました。

なかでも1806年1月20日から3月6日まで

1か月半も滞在したという「岡山城下の

脇本陣福岡屋吉郎兵衛」などは

簡単に判明しそうです! 由緒正しそう。

 

 「脇本陣」とは大名行列などが

宿泊した「本陣」の予備的な施設のこと。

旅館のようなものでしょうか。

調べてみると、現在の北区表町の

商店街アーケードの中にあったようです。

表町の「福岡屋」なら・・・・・、

 

 

 表町の呉服店「福岡屋」さんを訪ねました。

旅館ではなく呉服店であるという現実と

ウェブサイトの「大正13年創業」の

文字には目を閉じて・・・。

伊能忠敬に関する未発見の史料を

お持ちかもしれないという期待に

胸を膨らませながら・・・。

「大正13年に旅館から呉服屋さんに

業態転換したに違いない」と

言い聞かせながら・・・。

 

 

 

 店主の黒田浩一さんは以前、ニュース取材や

情報番組への出演でお世話になったことがあります。

熱が入り過ぎてたどたどしくなった私の説明に

興味深く耳を傾けて下さいましたが、

「うちのことではありませんねえ・・・」と

申し訳なさそうに、私の思い込み

(大正時代の業態転換)を否定されました。

本当に残念申し訳なさそうに。

突然訪ねて申し訳ないのはこちらなのですが。

 

 

続く。

 

 

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